香港の軍票

前項で述べた軍票の中で、

香港の軍票問題が時々ニュ-スに取り上げられます。

香港に関して少し詳しく書きたいと思います。

香港を占領した日本軍はすぐに香港の銀行を閉鎖し、

比較的信用度が高かった香港ドルを軍票と交換し始めました。

交換率は最初2ドル=1円でしたが、

1942年7月24日には4ドル=1円となりました。

1943年5月には総督令で、

市場での香港ドルを完全に禁止し、

全面交換を義務付けました。

そして香港ドルを隠している者に対しては

厳重な処罰(死刑)を行ないました。

つまり香港ドルは預貯金を含めて全財産を

軍票に交換と言う名目で完全に掠奪したのです。

 

●香港淪陥史 から

 総督の命令により香港ドルの使用が禁止されて以来、

 日本軍は即座に大掛かりな捜査に入り、

 ひとたび住民がいまだに香港ドルを所持、

 兌換していない事を発見すると残酷な刑に処した。

 殴打、潅水(汚水を無理やり飲ませて腹を踏みつける刑)、

 拷問椅子、爪剥がし・・・・等激しいものであったので、

 刑を受けた者は往々にして苦しみに耐えられず死亡した。・・・・

 交換は横浜正金銀行や台湾銀行の香港支店など

 指定された軍票交換所で4:1で交換されました。

 没収した香港ドルは

 ポルトガル領マカオで軍需物資の買い付けに利用されました。

 

本来住民が貯蓄して蓄えたお金ですから、

必要な時には再び元の香港ドルに交換するべきものです。

しかし日本は敗戦のときに軍票をそのままにして負けました。

ただの紙くずになってしまったのです。

なけなしの住民の金を残らず巻き上げて、

無一文のまま放り出したのです。

 

この問題に関して日本政府やイギリス政府は

「賠償問題はサンフランシスコ条約で解決済み」といってます。

イギリスは香港の人に一言の相談もなく、

香港代表として勝手に、賠償は不要だと日本を免責してしまったのです。

 

●イギリス代表 

     ヤンガ-の講和会議での演説  1951年9月5日

 イギリス連邦の我々は日本の侵略にともなう

 残虐狂暴行為を忘れてはいない。

 マレ-と香港の人々は、

 日本の占領の直接の体験を忘れてはいない。

 しかし我々はみな一致して

 (インドもこの点では我々と一体である)平和解決にあたって

 憎悪と復習の念を止揚すべきであり、

 いたずらに過去に思いをめぐらさないで

 将来に目をむけるべきであると思う・・・・

 

しかし軍票は、人の金を借用書で借りたことと同じです。

賠償とは別の性格の事です。

ですから香港では多くの人々が

自分の財産として今でも軍票を大切に保管し、

もとのお金に交換してくれる事を待っています。

 

一体香港ではどれだけの軍票が発行されたかよく分かっていませんが、

敗戦時、香港には約19億円の軍票があったとされています。

その内7億円は日本や英国が回収して焼却し、

残り12億円が香港に残っているとされています。

 

1993年8月、「アジア・太平洋地域戦後補償フォ-ラム」に

「香港索償協会」の呉溢興さん等代表17名が香港代表として来日し、

軍票補償を求める訴訟を東京地裁に起こしました。

今でも会員の家庭に保存されている軍票の金額は5億4,000万円、

現在の価値に換算すると約1,000億円と言われます。

 

●香港索償協会  

 1968年9月18日に出来た団体で、

 約20,000人の会員を抱えて

 日本に軍票問題の解決を要求しています。

 そして裁判の結果ですが、

 1999年6月17日、東京地裁は被害の認定はしたものの、

 兌換は出来ないとして棄却判決を下しました。

 

被害者の証言を3人書きます。

●梁義正さん

 ・・・・私も止むを得ず、香港ドルを軍票にかえたよ。

 誰だって換えたくなかったけど、

 殺されるかもしれないから全財産を換えた。

 408,350香港ドルを換え、

 今は163,500円の軍票を持っている。・・・・

 だから日本が負けた時は嬉しかったよ。

 これで軍票も香港ドルで戻ってくるだろうって。

 だけど日本政府は知らないふりだ。

 毎年毎年、デモをしたり日本領事館に訴えているのに、

 いっこうに誠意ある回答は帰ってこない。

 アメリカやカナダでは日系人の強制移住に

 1人2万ドルも払っているのに、

 日本は経済大国になっているのに何もしない。ひどいもんだ。

●梁心さん

 ・・・・兵隊達は権力者か神様のように威張っていたものよ・・・・

 強制的に香港ドルを

 日本の発行した軍票に交換させられたの。

 誰だって嫌だったけど殺されるかもしれないので、

 12万ドルも軍票に換えたわ。

 母と私のお金よ。

 それでも日本人は信用しないで、

 さらに一軒一軒まわって香港ドルを持っていないか調べに来たの。

 「もう絶対に持っていません」と言うと

 私を正座させて「本当にないのか」と、

 頭にピストルくを押し付けて脅したの。

 殺されるかと思って怖かった。

 あれは決して忘れないわ。・・・・

 家からそう遠くないT字路の所で、

 どこからか連れてこられた男が座らされ、

 日本刀で首を斬られるのを見たわ。・・・・

 もう一度見せしめの殺人も見たわ。

 男の首が飛んで、血が噴水のように噴出したの。

 理由は男の人が兵隊を罵っていたことと、

 香港ドルを軍票に換えなかったらしいの。・・・・

 日本軍は動物でもやらない事を平気でやったわ。

 だから震えるほど怖かったけど、

 心の奥では許せないと憎んで反発したものよ。

 本当に残酷だった。・・・・

 一度だけ兵隊に海に突き落とされそうになったの。

 港で魚を買出しに来ていた男や女を

 「何をしてるんだ!」と桟橋から海に放り投げたのよ。

 私は捕まらないように逃げてしまったけど。・・・・

●呉溢興さん

 戦争が終わって日本軍は撤収したが、

 それ以来何の音沙汰もない。

 軍票の裏には「これを持参すれば日本通貨で支払う」と

 書かれているにもかかわらず、

 その約束は何等果たされていない。

 軍票は一夜にして紙屑になった。