中国の領土だったとしても、証拠はありません。
当然自国の領土だと信じていただけかも知れません。
国際法もなければ国際連盟もなかったのです。
しかも非近代国家で強大な国だったならば、
わざわざ「ここは私の土地です」などと
言う必要もないでしょう。
まわりは全て弱小国ですから。
国際的に「無人島を発見して国が標杭を建てて世界に宣言した」
と言う意味では日本領土なのかもしれません。
領土に関する国際法はとてもいい加減なものです。
昔は戦争(武力)で勝った国が領土を広げていく・・・
それでよかったのです。
植民地主義の国家つまり帝国主義国家が中心で
国際的な取決めを作っていたからです。
日本で言えば北海道、沖縄。
南北アメリカ、アフリカ、東南アジアなどは
力ずくで強国の領土にさせられました。
しかし近代になって戦争で領土を広げると言う考えから
「どこの国の実効支配もない無住地(無人島)を発見した場合、
先に発見した国が対外的に宣言をする、
ということで領土にしてきました。
ただし国際的に宣言と言っても近代国家間だけのことです。
日本で言えば明治になって近代国家に仲間入りするために
「脱亜入欧」してから初めて
国際感覚を持って宣言できたのです。
清国(中国)も朝鮮も琉球も
アジアの殆どの国はまだ非近代国家でしたから、
近代国家から付け入られる隙があったのです。
注:脱亜入欧
一刻も早くアジアから抜けて欧米諸国の仲間に入る。
そうしないと侵略される可能性がある
つまり近代国家間だけで領土問題を認め合ってきたのです。
ですから現在の尖閣を巡る
両国の主張と国民感情を理解するためには
まず歴史的事実はどうだったのかを考える必要があります。
日本では「歴史をさかのぼったらきりがない」と言います。
でもさかのぼれるだけさかのぼってみます。
前項目の下の図を見てください。
尖閣諸島と言うのは5つの島と3つの岩礁で出来ています。
日本の名前で言うと
魚釣島 大正島 久場島 北小島 南小島
沖の北岩 沖の南岩 飛瀬
これらの島々は無人島なので
記録がありませんから歴史をさかのぼれないのです。
正式に記録があるのは中国が所有する航海日誌です。