国際法との関係
当然のことですが法律的にはどうであれ、
女性を拉致、売春を強要することは
人道上許されないことです。
戦前の日本政府はどのように考えていたのでしょうか?
● 支那渡航婦女の取扱いに関する件
1938年2月23日 内務省警補局長
内務省発警5号 原文カナ
・・・・これら婦女の募集斡旋の取り締まりに、
適性を欠く事は帝国の威信を傷つけ
皇軍の名誉を損なうのみならず、
銃後の国民特に出征兵士遺族に
好ましくない影響を与えると共に、
婦女売春に関する国際条約の主旨に背く・・・・
このように国際条約が既にあって、
それを意識して守ろうとしていたことが伺えます。
それでは当時どのような国際条約があったのでしょうか?
そのころ婦女売買禁止に関する
国際条約は4つあって、
日本はその内3つに加盟していました。
1. 醜業を行なわしむる為の
婦女売買取締に関する国際協定
1904年 1925年日本加盟
2. 醜業を行なわしむる為の
婦女売買禁止に関する国際条約
1910年 1925年日本加盟
3. 婦女及児童の売買禁止に関する国際条約
1921年9月21日採択
国際連盟第二回総会 スイス・ジュネ-ブ
日本は1925年に批准
4. 成年婦女子の売買の禁止に関する国際条約
1933年 日本は加盟していない
これらの国際条約の内容ですが、
代表的な「2」の条約を見てみます
● 醜業を行なわしむる為の婦女売買禁止に
関する国際条約」を見てみます。
(原文カナ、意訳)
第1条
何人を問わず、他人の欲情を満足させるため、
淫売せしむる意思にて
未成年の婦娘を雇い入れ、誘引し、
もしくは誘拐したる者は、
仮に本人の承諾を得ていても
又犯罪構成の要素たる各種の行為が
他国において行われたる時といえども
罰せられるものとす
第2条
何人を問わず、他人の欲情を満足させるため、
淫売せしむる意思にて、
詐欺、暴行、脅迫、権力乱用その他一切の強制手段をもって、
成人の婦女を勧誘し、誘引し、又は誘拐した者は、
仮に又犯罪構成の要素たる各種の行為が
他国において行われたる時と
いえども罰せられるものとす
注:つまり未成年の場合は
たとえ本人の同意を受けていてもダメだし、
成人の場合でも詐欺や強制手段があれば
罰せられるということです。
また、他国で行われた時でも
罰せられるとなっています。
ちなみ当時日本では未成年とは
20歳未満となっていました。
この年齢は3番目の婦女及児童の
売買禁止に関する国際条約(1921年)で
満21歳に改められました。
さてこれらの国際法が朝鮮や台湾のような
植民地に適用されたのかどうかです。
おかしいことに国際法では、
これらの法律は植民地には
適用しなくてもよい、となっていました。
恐らく当時の先進国の
植民地政策の都合があったからでしょう。
1910年の条約では
「植民地に実施する時は文書で通告する」となっており、
1921年の条約では
「適用除外する場合は宣言する」となっていました。
日本政府はこの
「法の抜け道-植民地には適用しない」を利用し、
朝鮮と台湾を慰安婦の供給源としたのです。
そして中国侵略では機密保持の点から、
同胞の台湾女性より、言葉の通じない
朝鮮女性を慰安婦にしたのです。
さらに日本政府は中国や東南アジアの占領地でも
国際法は適用されないと勝手に解釈して、
未成年で未経験の女性を軍慰安婦として拉致したのです。
婦女売買とは別に
ILO(国際労働機関)にも強制労働に関連する条約があります。
● 強制労働に関する条約
ILO第29号条約 1930年6月10日採択
1932年11月21日 日本政府批准
第2条
1. 「強制労働」とは或る者が
処罰の脅威の下に強要せられかつ
任意に申し出たるに非ざる一切の労務をいう
2. ただし次の場合は除く
(a)軍事的作業に対し強制兵役で強要される労務
(b)完全なる自治国の通常の公民義務を構成する労務
(c)裁判の判決の結果としての労務・・・・
以下略
第4条
個人、会社又は団体の利益のため、
強制労働を課することを許可してはならない
第10条
1. 租税として強要せらるる強制労働は
暫時廃止せらるべし
第11条
1. 推定年齢18歳以上45歳以下の
強壮なる成年男子のみ
強制労働に徴集せらるることとする
注:女性及び未成年の強制労働はすべて禁止
第25条
強制労働の不当な強要は刑事犯罪として処罰せらるべく・・・・
日本軍の慰安婦はこの条約にも違反しています。
しかし日本政府としては「慰安行為」は「労働」ではない、
という理屈でこの条約違反ではなかったと主張しています。
現在、日本が行なった拉致強制連行
(北朝鮮の拉致ではない)や性暴力の被害者が、
日本政府を訴える裁判がいくつも行なわれていますが、
被害者個人が国家に対し補償請求を出来るのか?
また国同士で決着済みの問題を
個人が請求する事が来るのかが・・・と言う点で
被害者に不利になっています。
日本政府が国連のマクドゥ-ガル報告書
(後で詳しく述べます)に対して述べた反論を見てみます。
● 1998年8月14日
国連差別防止少数者保護小委員会での日本政府の答弁
・・・・日本政府は、
戦争に関する諸問題については、
サンフランシスコ平和条約、
2ケ国間平和条約及びその他の
関連国際諸協定に従って、
誠実に対応し、かつ解決してきた・・・・
注:黄色部分は、国家や個人に
賠償や補償をビタ一文払わなかった
中国や北朝鮮から見ると驚くべき発言です。
このように日本政府は
サンフランシスコ条約や日中、日韓等の
2国間条約で解決済みだから、
被害者個人は日本政府に
請求は出来ないという立場を取っています。
そのあたりを考えて見ます。
● サンフランシスコ条約 第14条(B) 1952年
・・・・連合国及びその国民の他の請求権・・・・を
放棄する・・・・
● 日中共同声明 第5項 1972年
中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、
日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する
この2つの条文の黄色部分を見ると、
サンフランシスコ条約では「連合国及びその国民」
日中共同声明は「中華人民共和国政府」のみになっていますので、
サンフランシスコ条約に署名した国の
国民は個人的な請求は出来ないが、
中国の国民は個人的に請求できる事になります。
もう少し詳しく言うと、以前は戦争が終わると、
負けた国は勝った国に多額の戦争賠償を払うのが常識でした。
日清戦争では日本は清国から莫大な賠償を取っています。
昔の戦争は軍隊同士の戦いで、
住民に比較的被害が少なかった事と
人権意識が発達していなかったために、
戦争賠償はあくまでも国家間に使う言葉で
個人と国の問題(賠償)のことは考えられていなかったのです。
そこでサンフランシスコ条約を
もう一度詳しく見てみます。
今度は第14条の(A)を見ます
● 14条(A)
日本国は、戦争中の生じさせた損害及び
苦痛に対して、連合国に賠償を
支払うべきことが承認される。
しかし、また、存立可能な経済を
維持すべきものとすれば、
日本国の資源は、日本国がすべての
前記の損害及び苦痛に対して完全な賠償を行い、
且つ同時に他の債務を履行するためには
現在充分出来ないことが承認される。
つまり本来は賠償を支払わなければならないが、
日本の経済が成り立たないため許
してあげるという内容なのです。
そして中共同声明は、
20年もたって日本に国力がついたことと、
中国には特別多くの損害を与えたために、
将来に向けて個人の請求権を残したものと解釈されます。
そして日本が将来平和国家としての道を歩むことを期待し、
「靖国問題」「教科書問題」等で問題が発生すれば、
改めて中国国民からの請求を行うとの伏線とも思われます。